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下関市の紹介

下関市の歴史

本州の最も西に位置する下関。
関門海峡をはさんで九州と向かい合い、朝鮮半島や中国大陸とも近いため、古くから海上・陸上の交通の要所として栄えてきました。
日本の歴史の中で重要な節目には何度となく登場し、さまざまなドラマが生まれた下関。
文治元年(1185年)3月24日、源氏と平家の最後の合戦となる戦いが壇ノ浦で行われました。
壇ノ浦の戦い
赤間神宮
海きょうの流れを利用して平家をせめた源義経は勝利を収め、平家は滅亡することになりました。
わずか8歳の安徳天皇は、三種の神器といっしょに関門海峡に身を投げ入れお亡くなりになられました。
平家の滅亡により、武士の社会が始まることになったのです。
武士政権の最後となった江戸幕府は明治維新によって倒されました。この時代に有名な人々が下関を舞台として活躍し、日本の近代化のために大きな貢献をしました。下関市では、とりわけ高杉晋作がよく知られています。

日本は近代化を果たした後、国として大いに発展しましたが、その後不幸な戦争時代も経験しました。戦後になって、日本は新たな国づくりをしてきました。下関市も西日本の要の海港都市として栄えてきました。
関門橋
  • 1958年 関門国道トンネルが開通
    昭和33年(1958年)に、下関市と北九州市を結ぶ関門国道トンネルが開通しました。
    距離は3461メートル(うち海底部分780メートル)、「車道」と「人道」の2層構造になっています。

  • 1973年 関門橋が開通
    昭和48年(1973年)に関門橋・中国自動車道(下関-小月間)が開通しました。

  • 1975年 新下関駅が開業
    昭和50年(1975年)に山陽新幹線が開通し、新下関駅が開業しました。

  • 2005年 新「下関市」が誕生
    平成17年(2005年)2月13日、下関市、菊川町、豊田町、豊浦町、豊北町の1市4町が合併し、新しい「下関市」が誕生しました。

学校周辺情報

下関駅やバス停が学校の近くにあり、便利な交通アクセスを提供します。
学校の周辺に色々買い物できる場所があります。授業が終わった後の買い物に便利です。
学校の近くは、郵便局があるので、手紙などを送るのに便利です。
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